【 注 意 】
・タナッセ愛情B後
・待ては結構難しい

キスを





 して欲しい。
 するのじゃなくて、して欲しい。
 色ボケ、という単語が頭をよぎったけれど、私はどうしても、彼から、タナッセから二度目をして欲しくて、自分から水を向けたりせずにいた。口づけ。したいけど、自分でも恥ずかしいぐらいしたいけど、タナッセはからを望んでいる。
 何かに真剣に取り組んでいるのは言葉を濁されても分かるから、あまり会えなくても文句なんて言えるわけない。……もしかしたら、なんて考えもするし。
 でも、我慢がまんは子供の頃に飽きたので、我慢した分ご褒美が貰えたら、その、嬉しいなんて思う。
 強欲にも程があるから、基本的には自分から貰いに行く。抱きつかせて貰ったり、昔のことを聞き出してみたり。
 ただ、口づけだけは、こだわりがある。
 正確には、口づけと、名前呼びと、あたたかく大きなてのひらと、横抱きに。
 とても大切な記憶だから、こだわってしまっている。
 久しぶりにタナッセとゆっくり出来て幸せなのに、よこしまな気持ちを抱えながらいるのは、大変宜しくない。私は前の席に座るタナッセの、自然に行われる品の良い所作を見つめながら、せめて隣にぴったり身を寄せて座れていればありえただろうか、と考える。
 私の考えなんて知る由もないタナッセは、けれど顔を上げると、
「どうした?」
 などと訪ねてくる。短い語であるのに穏やかを詰め込んだような声は、莫迦みたいに心を軽くする。口づけしてもらいたいという欲求といい、たくさんある彼へのこだわりといい、どうしようもない人間な気がしてしまうが、それとも恋愛感情というのは人をこんな風にしてしまうものなのか。私はタナッセが初恋なのでさっぱり分からない。村にいた時分耳に入ったのは、既に成人した男女の直截な語句満載の猥談か、若年組のもっと単純で幼い話か、の二択だった。今思うと、あれ、すごく極端だったんだ。私、今、本当に何も分からない。
「……大丈夫なのか? まさかまた体調が――」
 慌てるタナッセの声に私も慌てて否定する。違う、そうじゃないから、と首を横に振った。けれど彼は、手にしていたカップを置くとこちらに来て、熱はないか、と私の額に手を伸ばしてくる。細くて長くて、でも男性らしく骨ばった大きいてのひらが触れてくる。それはまるで、壊れ物でも扱うように優しく、やさしく。印の辺りがむずむずして、変な感じ。
 あの、と。
 心配されて申し訳なく思いながら口を開いた。
 最近は追い詰められたように勉強するでなし、婚姻の申し込みが山を形成するでなし、随分とゆったりした日々を送っている。体調は安定しているのだ。タナッセがそんな……苦しげな顔をする必要なんて、ない。私が下らない思いに気を取られていただけなのだから。
 恥ずかしくていっそ湖に飛び込みたい気分だったけど、私、包み隠さずに言ってしまう。口づけして欲しい、あなたと口づけしたい、と。一人悶々と悩んでいたせいで彼に厭な思いをさせたのだし、こっちも少しは厭な目見ていいだろう。
「――――っ!!」
 タナッセは顔を真赤にして口を何度も開閉させた。
 ……心底浅ましい欲求だった、んだろうか、やっぱり。というかタナッセは結構堅いから引くか。全身が一瞬で熱を帯びる。えぇと、そう、そうだ、まず謝らないと。変なこと口走ってごめんなさいって。
 顔を上げられず上目だけで彼を窺う私に、乱暴にカップの中を飲み下す姿が映る。
 間違ってむせたりしないよう飲み終わるのを待って謝ろう。
 決める私の席の横に、何故かカップを持ったままタナッセが立った。また、あの、と呼びかけてしまうこちらを余所に、彼はカップを軽く煽ったあとテーブルに置くと、私の顎を持ち上げる。
 突然。
 何もかも唐突で、私は疑問に口を開くしか出来ない。
「……え?」
 その、小さく開けた唇に、濡れた唇が重なってきた。重なるだけでなく、口内に含んでいたものを流しこんでくる。舌がまず微かな甘みを覚え、次に鼻や喉に軽い酒精が乗った。量自体は大してなかったものの、まさか口移しなんて想像してもなかったから、飲みきれない。溢れてしまった酒は口の端から漏れて顎、首、と伝っていく。くすぐったくて喉を鳴らしてしまうと、タナッセは唇を離した。ううん――離されて、しまった。
 名残惜しくて唇に手を当て、二度目の感覚に浸りながら、私はお礼を言う。凄い。すごい。口移しなんてされてしまった。普通に口づけられるよりも遥かに嬉しくて、衣服に酒が染みていくのも忘れ舞い上がってしまう。
 でも、どうしたんだろう。
 篭りを終えて出てきた私に積極的には接触してくれなかった――子供最後の日は抱き上げてくれたのに!――彼だ。だからこそ私は一人延々と悩んでいたのに、唇を触れ合わせるどころか思い切り重ねて、その上飲み物を共有しあって。階段を一段くらい飛ばして登った感がある。
 とても気になる。訊きたい。だけどタナッセは座っていた席に戻るなり頭を抱えてしまった。……うん、落ち着くまで我慢しよう。
 そう決めて。
 私は彼が復帰するまでの間、長く感じることが出来た彼の唇の感触をずっとずっと、反芻していた。










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二度目のキスは一回目がああだった分考えていて楽しいです。
あ、タイトルは戸川純ではないです。いい曲だけど。

主人公は猫みたいな犬(ヴァイルは犬みたいな猫)を想定しています。
当方大のうさぎ好きなのでうさぎ要素も混じってますが。

タナッセは作中形容的に栗鼠イメージが抜けません。
そしてリスがげっ歯類なので孫ちゃんの台詞が頭から離れません。
もし犬猫に分類するなら猫か。
在りし日のお兄ちゃんタナッセなら犬なんですが、
本編だとこう、ふなーってされてる気がする。
主人公も対タナッセ愛情初期だとふなーってしてるのでお互い様ですが。